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母が残してくれた刺繍糸

私の母は刺繍が好きな人でした。

昭和30年代の頃、私が小学生の頃から母は刺繍を始めていました。

そう、テレビが初めて我が家に入った時も、
そのテレビで長嶋茂雄がジャイアンツで活躍したのも、
正田美智子さんが民間から皇室へ嫁がれたご成婚式の時も
学校から帰った私を「お帰り」
刺繍糸を刺す手を止めて迎えてくれたものです。

刺繍をしている母の横でその日の学校での出来事を
正に今ここで起きた事のように色々話して聞かせる私に
思わず刺繍針の手を止めて笑う母でした。
564.jpg


母はとても物静かな人で大きな声を出して騒ぐという事がありませんでした。
父とは一歳違いの母でしたが大きな声で喧嘩している様を見たことがありません。
ですから私にも大きな声で叱るということもありませんでした。

どんな事も「お父さんが良いとおっしゃったらね」が口癖でした。
「お父さんに聞いてごらん?」
我が儘に育った私は自分の思うままにならない事があると
「お母さんは?お母さんの意見はどうなの?」
「お母さんはどう思うの?」
「何故お母さんは自分の意見を持たないの?」
そういって生意気盛りの頃は母を責めたことが何度もありました。

「私ははっきり自分の意見を持つ人になろう」
「女性も自分の意見を持っても良いはず」

還暦も迎えた今頃になって時すでに遅しですが
ずい分生意気に生きてきたなと反省することばかりです。

544.jpg

母が長年にわたり私に示してくれた愛情を思い返すと
果たして反対だったら私には出来えただろうか?
そう思うとよくぞ辛抱して育てていただきましたと
今更遅いが感謝の気持ちでいっぱいになる。
出来ればこの思い天国まで届けてほしい・・・

557.jpg

母は編み物もよくしていた。
棒針編みで優しいサーモンピンクの縄編みが入ったカーデガンを編んでくれた。
うすいブルーのセーターも着心地が良くて毛玉が出来るまで着た。
「今度はどんな色が良い?」
そう言って夕飯の後片付けが終わるとテレビを見ながら
次のセーターを編むためにコチコチと編んでくれた。
母の編んでくれた真っ赤な鹿の子編みのセーターに紺色のプリーツスカートも
友達が「いいな~」と羨ましがった。今鮮明によみがえる。
お正月前はパターンを借りてきてスーツも縫ってくれた。
気が付いたら母の横で真似してベストを編んでいる自分があった。

時々思い立っては刺繍がしたくなって刺したりするが母のような大作は真似できない。

母は作品を手がける間にずい分沢山の刺繍糸が
綺麗なキャンデーの空き缶にいっぱい詰まっていた。
その中から使いたい糸を好きに選んでは貰って刺繍していた。

558.jpg

そんな母も70歳を過ぎた頃には
「近頃、老眼が進んじゃってね・・・」
「刺繍糸使うでしょう?みんな持ってってね。十分楽しんだから未練はないのよ」
そういって大きなクッキーの缶いっぱいの刺繍糸をくれた。
この刺繍糸を取り出すと母との様々な出来事が山のようにあふれ出して
何時もしばし感慨にふけって刺す手が止まる。

最近こちらで知り合った友達がくれた作品にラベンダーが刺繍してあった。
あまりにラベンダーの紫が綺麗ですっかり魅了されてしまった。
母の刺繍糸を引っ張り出して思いつくままに刺してみました。

あちらから「あら~、とっても素敵よ♪上手になったのね」
すでに60歳にもなった私にそう言ってくれていそうな母の顔が浮かびます。


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[ 2010/11/08 ] ミーの手作り | TB(0) | CM(0)

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